東京高等裁判所 昭和28年(う)2008号 判決 1955年8月30日
控訴人 被告人 襄末甫
弁護人 柴田武 外四名
検察官 中条義英
主文
本件控訴は之を棄却する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(一)弁護人柴田武、同花岡隆治、同斎藤兼也および同大野三郎(二)弁護人徳田敬二郎の各控訴趣意書は、本判決末尾添附の各控訴趣意書(合せて二通)に記載のとおりであるから、これらについて判断する。
一、弁護人徳田敬二郎の控訴趣意第一点中原審証人高橋清男尋問手続違法の主張部分(弁護人徳田敬二郎の控訴趣意書第一の初めから第二丁裏第三行まで)について
所論に基いて審按するに、原審第三回公判期日に証人高橋清男を尋問中同証人が「不快」の状態になつて一時間尋問を休憩したこと、同第四回公判期日に同証人を尋問の冒頭に検察官と弁護人との間に同証人の精神状態につき所論の如き若干の問答があり、次いで同証人の尋問終了後、弁護人から、また別の公判期日に同証人の尋問請求があつたが原審はその採否を留保したまま同第七回公判期日に至り右請求を却下したことは孰れも所論のとおりである。
然し、右第四回公判期日には右証人高橋清男は現に同公判廷に出頭して供述をなし、その後で弁護人から更に期日をあらためて同証人尋問を請求したのに対して原審が採否を留保したのであつて、原審としては、この場合は、刑訴法第三一四条第三項第四項所定の如き既に尋問することに決定された証人が病気のため公判期日に出頭不能な場合とは異り、当然公判手続を中止する要もなく又検察官と弁護人間の証人の精神状態に関する問答内容に拘束されることもなく、訴訟進行上の必要性の有無および証人たるべき者の精神状況等に対する独立的判断に基き尋問請求の採否いずれかに決し又はその決定を留保するかは自由に定めることができる。而してもし留保した場合は、その後訴訟進行の状況に鑑み尋問の必要ないか若しくは尋問不能等と認めるときは、何時たりとも同尋問請求を却下するを妨げない故に、本件において、原審が所論の如く弁護人から証人高橋清男の尋問請求あつたに対し、その採否を留保して公判手続を進め、その後の公判期日に同請求の却下決定をなしたことには別段訴訟手続上違法の廉あるものではない。論旨は理由がない。
一、弁護人柴田武外三名の控訴趣意第七点について
刑法第一六九条にいわゆる「法律ニ依リ宣誓シタル証人虚偽ノ陳述ヲ為シタルトキ」云々とあるその「法律」とは国会を通過した狭義の法律を意味し而して刑事訴訟法第一五四条に「証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない。」とあるその「宣誓」とは右刑法にいう宣誓と同義なること竝びに刑事訴訟規則第一一八条には宣誓の文言その他の方式が規定されていること孰れも所論のとおりである。然し、右刑事訴訟規則の制定権は憲法第七七条により直接に最高裁判所に与えられた独立的権限であり、之により同裁判所は敢て法律の委任的明文を俟つまでもなく、法律の趣旨に反しない限り、法律規定の細部を補足し又は法律の運営を円滑ならしめるための技術的事項を独立的に制定するを妨げない。而して刑訴法第一五四条は単に証人には原則として宣誓をなさしむべきことを規定するのみで宣誓の方式等につき明文を設けず且つ特に同方式制定を委任する旨の文言も掲げないが、これは、同法制定の当初から右規則による細則的規定を以て同方式を明規することを予想したためで、むしろ実質上同規則にその方式制定を委任したものと解するを相当とする。このことは、昭和二三年七月一〇日法律第一三一号による刑事訴訟法の改正に際しその旧法第一九八条には現行刑訴規則第一一八条と略々同趣旨の宣誓方式が規定されていたのを特に削除して単に宣誓せしむべき原則の宣言に止めることにした経過にかんがみるも自ら推認できるのである。故に、一般に、証人が宣誓をなしたとは右規則制定の方式による宣誓をなしたことを意味するが、その宣誓は直ちに刑訴法第一五四条にいう宣誓を形成し延いて刑法第一六九条にいわゆる宣誓に該当するのである。而して本件においては、原判決引用にかかる原審証人高橋清男の供述および東京高等裁判所第十刑事部の裴末甫に対する私文書偽造等被告事件の昭和二七年七月二一日公判調書謄本によれば、前記証人高橋清男は昭和二七年七月二一日の右被告事件公判期日に右刑訴法および刑訴規則の各該当規定により宣誓をなした上供述をなしたことが認められるから、之により結局刑法第一六九条にいわゆる「法律ニ依リ宣誓シタル証人」なること明白である。故に、同証人の虚偽の陳述を以て本件偽証教唆罪の成立要件として刑法第一六九条第六一条を適用した原判決には所論のような法令適用上の誤あるものではない。
論旨は理由がない。
そこで刑事訴訟法第三九六条により本件控訴は之を棄却し、当審の訴訟費用については、同法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることにして、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)
(その他の判決理由は省略する。)
弁護人徳田敬二郎の控訴趣意
第一、原判決は法令の適用に誤があつて判決に影響を及ぼすことが明かである。
原判決は原審証人高橋清男の証言を引用し被告人に有罪の判決を言渡した。証人高橋清男は、本件犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人であるが昭和二十七年十二月八日附公判調書により明かな通り先づ検察官の訊問に答へ被告人の弁護人の反対訊問の中途不快につき一時間休憩し更に反対訊問継続中右期日が同年十二月十二日に延期され同日公判廷に於て先づ検察官より同証人は精神故障者なる旨の主張があり柴田弁護人より釈明を要求し検察官より釈明があり次で証人の反対訊問に入つたが証人は総て「忘れた」「判りません」「記憶ありません」と答へて反対訊問を拒否した(右証人に精神障害を認めないなら裁判所侮辱罪となる。)右昭和二十七年十二月十二日の公判調書は弁護士の釈明が先に記載され不十分であるが其の間の消息は判かるものと思はれる。弁護人は更に日を変へて証人高橋清男の再訊問を求めたが裁判所は右申請を留保し公判終結前之れを却下して結審し被告人に不利益なる部分のみを採つて被告人に有罪の判決を下した。
憲法第三十七条の法意は被告人は反対訊問を十分にする権利を定めて居る。同法条の依つて来る米国憲法によれば十分なる反対訊問を経る事がなければ証拠能力を生じない事は米国連邦地方裁判所刑事訴訟規則の趣旨によつても明かであり日本に於ては疑もなく漸次判例によつて定めらるべき事である。
尚ほ日本の刑事訴訟法第三一四条にもその趣旨が認められ同証人の精神障害を主張する検察官が医師の診断書を提出するか裁判所が医師の意見を聴き右証拠によつて被告人の有罪を認定するときは決定を以て同証人が出廷して証言をする事が出来る迄公判手続を停止すべきものであるに不拘該部分のみを採つて同証人の証言全体を顧みない事は採証の原則に反し法令に違反するものと謂ふべきである。加之右証人の昭和二十七年十二月八日の公判調書中検察官が同証人の精神障害がなかつたと主張する部分についても検察官は東京高等検察庁より被告人裴末甫に対する私文書偽造印章偽造事件の東京高等裁判所に於ける昭和二十七年七月三十一日の公判に於ける同証人高橋清男の証言は偽証の疑ありとの連絡に基き之れを船橋警察署に留置し起訴すべき態勢を示して畏怖せしめたる上別紙添付の如き(原審に提出なきもの)真実に合致せざる事実(原審証人渡辺利久の昭和二十五年十一月十二日附書面は右日時より十日若くは二週間後に作成せられたりとの供述参照)を告げて誘導し之れを前記昭和二十七年十二月八日の公判期日に陳述せしめたもので幾多の過誤あるものなるに於ておやである。真実の事実は被告人に対する私文書偽造印章偽造事件の昭和二十七年六月二十五日の公判廷に於て証人渡辺利久の訊問の結果被告人が高橋清男に対し黒田興業の社印及社長印の作成を注文した時期は千葉財務局に於て同証人、被告人及黒田興業専務取締役佐々木与四郎の会見した後であるべき旨の想定の元に右公判期日に証人高橋清男の取調べの申請があり同弁護人より被告人に対し証人高橋清男に連絡を命じた事実に起因し被告人は昭和二十七年七月始め頃高橋清男をその居宅に訪ね右事件の証人として同人を申請したる旨を伝へた事に始まる。被告人が同証人にその旨伝へたるところ同証人は右印の注文を受けた日につき記憶がはつきりしないが君は憶へて居るかとの言に対し自分は注文に来た時オーバーを着て来た様に記憶する旨その時応対した貴方の奥さんは袷せを着て居て神棚を掃除して居た記憶がある旨及貴方の方もよく考へて事実を述べて貰い度いとの旨を伝へたのであつて同年七月十七、八日頃に同証人を訪ねて該印章の作成を昭和二十五年十二月二十五日と云つて呉れと依頼した事実はなく本件問題の証人高橋清男の証言は右示唆による部分があるとしても被告人の意図は十二月二十五日と云ふ事ではないので同証人の自発的意思並記憶によつたもので、該関係事実を立証せんとして弁護人等は証人高橋清男の反対尋問を為し再訊問を求め証人竹村孝太郎、渡辺利久、吉田彰、岩井春夫の喚問の他に証人芳賀貞政の喚問を求めた次第である。勿論証人高橋清男の証言が本件の成否に関係する重要なものであることは言ふ迄もないが証人芳賀貞政も重要な関係を有する証人であつて之れを却下して有罪の認定を為すことは夫れ自体失当である。
弁護人柴田武外三名の控訴趣意
第七点原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の適用を誤つた違法がある。
原判決適用の法条たる、刑法第一六九条には、「法律ニ依リ宣誓シタル証人虚偽ノ陳述ヲ為シタルトキハ三月以上十年以下ノ懲役ニ処ス」と規定されている。この「法律ニ依リ」とは「法令ニ依リ」ではなく、国会両院で可決された厳格な意味の「法律ニ依リ」であること勿論であつて、刑事訴訟手続を規定する刑事訴訟法(刑事の場合本法以外宣誓に関する事項を規定した法律は見当らない)中には第一五四条に、何等実質的宣誓の内容を包蔵してない。「証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない。」との事項が規定されているに過ぎず、その他同法を精査しても如何なる方式により如何なる事項を宣誓するのか具体的に全然規定されている条文を見出すことはできない。却つて、最高裁判所が制定したる刑事訴訟規則第一一八条に次のような宣誓に関する事項が規定されているのである。即ち、「宣誓は、宣誓書によりこれをしなければならない。宣誓書には、良心に従つて、真実を述べ何事も隠さず、又何事も附け加えないことを誓う旨を記載しなければならない。裁判長は、証人に宣誓書を朗読させ、且つこれに署名押印させなければならない。証人が宣誓書を朗読することができないときは、裁判長は、裁判所書記官にこれを朗読させなければならない。宣誓は、起立して厳粛にこれを行わなければならない。」前記刑事訴訟法第一五四条は裁判所に対して、只単に証人には宣誓させなければならないと云う義務を負はした丈であつて、宣誓の実体的内容を規定しているものではない。従て証人側から云はせるならば、宣誓は刑事訴訟法(第一五四条)たる法律によつてこれをなすものでなく右刑事訴訟規則(第一一八条)によつて宣誓をするものであると云はなければならない。故に、原判決中には、「被告人は(中略)同人(註高橋清男)をして(中略)同月二十一日東京高等裁判所第十刑事部法廷で被告人に対する右私文書偽造等被告事件で証人として宣誓の上(中略)虚偽の陳述を為さしめて偽証の教唆をしたものである」と判示されているけれども、その高橋の証人としての宣誓は右に述べたように「法律ニ依リ」宣誓したるものでなく「最高裁判所規則」に依つてこれをなしたものである。このことは本件の事件記録中に編綴されている「宣誓書」を一見すれば直ちに分明するところであつて、公判調書その他一件書類を精査しても右高橋が刑事訴訟法就中同法第一五四条によつて宣誓せしめられたとか或は宣誓したとかいう何等の形跡は全然見受けることはできない。高橋証人はこのように刑事訴訟法により宣誓したものでなく刑事訴訟規則によつてこれをなしたものであるから原判決判示のように虚偽の陳述をしたからとて刑法第一六九条の適用がなく、況や仮に被告人が高橋をして偽証教唆をしても高橋が偽証罪成立しない以上教唆罪も成立するに由がない。従つて原審が被告人を有罪と断定したのは、法令の適用を誤つたものと云うべく、この違法は判決に影響を及ぼすべきものであるから破棄を免れない。
今更云う迄もなく、刑法は明治四十年に制定された法律であり、最高裁判所規則は昭和二十一年制定された新憲法第七十七条によつて始めて誕生したものであるから刑法第一六九条にこの点予想し得なかつたことも当然であつて、最高裁判所規則たる刑事訴訟規則乃至刑事訴訟法の制定乃至改正に当つて刑法第一六九条の改正を怠つた立法上の欠陥を責められることはこれ亦当然である。元来、改正前の刑事訴訟法中には刑事訴訟規則第一一八条と同旨の規定が第一九六条第一九八条として存在(民事訴訟法の場合は未だ尚第二八五条乃至第二八八条に宣誓に関する事項が規定されている)していたので刑法第一六九条の適用に当つては何等の問題も生じ得なかつたのである。「法律」と「最高裁判所規則」とは劃然たる法上の相違があり従て刑法第一六九条の解釈に当つて優位の「法律ニ依リ」とあるのを低位の最高裁判所規則に依りとのことまで包含する訳には行かない。亦刑事訴訟規則には宣誓の方式を定めたものに過ぎず根拠は刑事訴訟法第一五四条に在り凡て宣誓はこの法律によりなすものであるとの解釈を下すことも絶対にできないのである。証人側から云えば宣誓はあくまで刑事訴訟規則によつてこれをなすものであるから、須らく刑法第一六九条中「法律ニ依リ」とあるのを「法律又ハ最高裁判所規則ニ依リ」或は「法令ニ依リ」と改正すべきであり、亦刑法第一六九条をその侭維持せんとするならば刑事訴訟規則第一一八条等の規定を刑事訴訟法中に再び加挿すべきである。
以上原判決には第一点乃至第七点まで判決に影響を及ぼすべき違法の点があるから破棄を免れないものと信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)